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〈2021.5.18〉新幹線をアップサイクル|建材として新たな息が吹き込まれた、 東海道新幹線700系車両

 

▲ 2020年8月に開業した「東京ギフトパレット」。

 東京ステーション開発(株)(本社:東京都千代田区)は、東海道新幹線700系車両(以下、700系新幹線車両)のアルミニウムを建材化し、東京駅八重洲北口コンコースおよび新商業ゾーン「東京ギフトパレット」の内装材としてアップサイクルするプロジェクトを企画。車両建材化の開発段階からプロジェクトに参画し、同施設の環境エリア内装工事における制作・施工プロデュースおよびマネジメントを(株)乃村工藝社(本社:東京都港区)が担当した。

 

 

 2018年夏にプロジェクトが本格始動して約2年、2020年8月に「東京ギフトパレット」が開業した。再生されたアルミニウムは、同施設の柱や天井などに使用され、桜の花びらやのれんをイメージした優雅な印象の装飾が施された。

 

 

 700系新幹線車両のアルミニウムを建材化するという大きな課題を実現するまでに、どのような工程があったのか。東京ステーション開発の施設部施設課に所属する中村和弘氏と、乃村工藝社の第二事業本部に所属する輿 雄治氏に、プロジェクトの背景を訊いた。

 

 

思い入れのある車両を建材に

 

 

 1999年から約20年間にわたって走り続けた700系新幹線は、その先頭の形状から“カモノハシ”の愛称で多くの人に親しまれた。2020年3月8日に引退したこの車両は、「東京ギフトパレット」の柱や天井として新たな息が吹き込まれたという。なんてロマンに溢れたプロジェクトだろうか。

 

 

 プロジェクトのきっかけについて中村氏は、『「東京ギフトパレット」を東京駅改札外コンコースに計画するうえで、上質なデザインと低コスト化が重要な課題としてありました。この2点を解決する方策として、700系新幹線車両の廃材を建材として使用する計画をしました。

 

 

 当社はJR東海の100%グループ会社なので、JR東海事業推進本部・新幹線鉄道事業本部、その他のグループ会社と連携し、ご協力をいただくことで実施することができました。

 

 

 また、車両はアルミニウム合金が主材。アルミ種別は6,000番台なので、建築基準法に準拠しており、アップサイクルをすれば建材として使用できるのではないかと考えました』と話す。

 

 

 プロジェクトの実現化について明るい条件が出揃ったが、新幹線車両の建材化はこれまでに前例のないプロジェクトだ。どのように建材として加工していったのだろうか。

 

 

前例のない挑戦を実現するために

 

 

 中村氏は『建材として使用するのに適した側面もありましたが、一方で不向きな側面もありました。アルミニウム合金には、鉄やステンレス、発泡剤などが付着しており、頑強な塗装も施されていました』と話す。

 

 

 日本のアルミスクラップの大半は不純物量の上限値が高いままリサイクルされ、あまり品質が求められない鋳物やダイカストなどに再生されることがほとんど。今回のように工業製品にアップサイクルする事例は皆無だったという。

 

 

 このように前例のない状況下だったが、中村氏は『確立された方法はないので、困難であることが予測されたが、これらの除去方法さえ確立すれば700系新幹線車両をサステナブルに活用することができると考え開発を進めました』と話す。

 

 

 

▲ 700系新幹線の車両が建材化され「東京ギフトパレット」各店舗ののれんや柱上部装飾にアップサイクルされた。

 

 

車両の廃材から再生アルミをつくる

 

 

 車両をアルミビレットにするために、スクラップ作業を産業振興(株)(本社:東京都千代田区)が、廃材を溶解してアルミビレット化する作業をSUS(株)(本社:静岡県静岡市)が担当したという。このように再生されたアルミを主材とした装飾材を(株)CMYK(本社:東京都中央区)がデザインし、東京ステーション開発が乃村工藝社と共に建材化の実現に向けて開発を進めていった。

 

 

 同プロジェクトの始動から3ヶ月後には、再生アルミの展伸材開発を実現するための試験を実施。塗装除去には高水圧を利用した剥離除去試験を行い、異物や異種金属の除去にはスクラップ機械と溶解炉を用いた試験など、様々な試験を試したが、うまくはいかなかったという。

 

 

 そして試行錯誤を踏まえ、2019年4月に、課題を解決するために不可欠な「高精度アルミ選別方法」を確立。異物や異種金属を低コストで除去することに成功し、A6N01のJIS規格を満たす高品質再生アルミが完成した

 

※ 特許出願番号:特願2019-186881

 

 

再生アルミを建材に加工する

 

 

 高品質再生アルミが完成したら、次はそれをどのようにすれば建材として使えるようになるのだろうか。

 

 

 アルミ建材の製造技術について中村氏は『代表的な技術として「押出し製法」「圧延・レーザーカット製法」「鋳造製法」があります。今回は、天井や柱など建材の使用目的に応じて、3つの製法を使い分けることにしました。

 

 

 「押出し製法」はSUSが単独で、「圧延・レーザーカット製法」は(株)アカオアルミ(本社:東京都練馬区)、「鋳造製法」は(株)金井工芸鋳造所(本社:京都府綴喜郡)にお願いし、統括で菊川工業(株)(本社:東京都墨田区)に製作していただきました』と話す。

 

 

 また、この建材化の段階で乃村工藝社も参画。2019年春から、東京ステーション開発とCMYKのデザインプランを「東京ギフトパレット」のオープンまでにいかに実現することができるか議論を開始した。

 

 

 通常、東京ステーション開発では責任施工体制を敷いているが、今回に限っては関係各社と連携し、共に課題解決への道を進んでいったという。

 

 

 建材の製作について乃村工藝社の輿氏は『製作物の方向性が見えてきた段階で、弊社倉庫(ノムラトレーニングセンター内:東京都江東区)に実物大のモックアップを設置しました。関係者の皆様に実際にモックアップをご覧頂き、ブラッシュアップを重ね、2019年12月頃までには概ねの計画が固まりました。

 

 

 製作過程では、東京駅に設置される際の安全性や品質に特に気を使いました。製作現場へ東京ステーション開発さまと向かい、製作物の確認を行うこともあり、徹底した品質管理に努めました。完成してからも多くの検査がありましたが、無事通過し、オープンまでお手伝いすることができました』と語る。

 

 

 

▲ 各店舗内の柱にのれんが施されており、にぎやかな印象だ。

 

 

いよいよ開業へ

 

 

 700系新幹線車両建材化プロジェクトの始動当初は、関係者の多くが想定以上のハードルの高さに頭を抱えたというが、輿氏は『日本の鉄道の起点であり、新幹線の歴史と共にある東京駅で、700系新幹線の車両を内装建材として再生利用するという社会的意義を関係者全員で共有し理解することで、最後まで全員でやり遂げることができたと思います』と振り返る。

 こうして2018年夏から始まった“循環型のものづくり”は、コロナウイルス感染拡大の状況下、数々の難題を乗り越え完成。2020年8月に「東京ギフトパレット」がオープンし、700系新幹線車両は再生アルミ建材として新たな息が吹き込まれ、現在では同施設の柱や天井として多くの人を迎えている。

 今回のように低コストで展伸材から展伸材に再生し、建材として、商業空間の装飾材としてアップサイクルに成功した例はこれまでになく、同取り組みは2020年5月27日に(一社)日本アルミニウム協会から、日本アルミニウム協会賞(開発賞)を受賞。今後、このプロジェクトで培われた技術はどのように活かされていくのだろうか。

 東京ステーション開発の中村氏は『今回のようなサステナブルな取り組みを今後市場で展開することができたらと思っています』と今後の展望について語る。

 乃村工藝社の輿氏は『今回のプロジェクトを通して、お客様の企業価値の向上と、持続可能な社会に貢献できる空間づくりを実現することに成功し、様々な方面から評価を頂きました。プロジェクトマネジメントや技術的な経験値だけでなく、創り出す空間を通して社会のより良い変化のきっかけになること、まちに新しい活力と歓びと感動をお届けできることを学びました。

 今回得た新たな視点を大切にし、今後のプロジェクトでも「社会から選ばれるノムラ」として、社会価値を提供できる空間を提案していけたらと思います』と意気込みを語る。 

 

 

 

▲ 春になると八重洲周辺を彩る桜をモチーフに、CMYKがデザインしたオリジナルの柄。

 

 

 

▲ 2020年3月に引退した東海道新幹線700系。

 

 

 

▲ 各店舗ののれん。全長130m以上のダイナミックな印象。

 

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