長く印刷業を営み、シルクスクリーン印刷やサイン・ディスプレイ事業を手がけてきたグランド印刷(株)(本社:福岡県北九州市)。
2016年より同社が新たに始めた壁紙事業「Arms(アームス)」では、3組のデザイナーによる、3シリーズ266種類の壁紙を展開する。
グランド印刷の代表取締役社長を務める小泊勇志(こどまり ゆうじ)氏に、「Arms」誕生の背景や、現在と今後の取り組みについて話を訊いた。
日本の建築に沿った、自由な壁紙を
1969年に創業し、福岡・北九州に拠点を置くグランド印刷(株)。シルクスクリーン印刷全般を手がけ、屋内外看板、サイン・ディスプレイ、さらにはリサイクルボード「リボード」を使ったエコディスプレイ事業まで行う。
新たな事業として、日本初のデジタルプリントの壁紙ブランド「Arms」を立ち上げ、展示会で披露したのが2016年だった。本社の内装をリノベーションしている時、せっかくなら会社の印刷技術を使って、オフィスをつくっていきたいと思うようになったという。
グランド印刷の代表を務める小泊勇志氏は『家具や社員の机、バーカウンターなどは「リボード」を使ってつくりました。内装工事も終盤になり、業者の方が持ってきたサンプルブックから、壁紙を選ぶことになりました。ブックに載っていたほとんどの壁紙は、白がベースで、単色のもの。輸入壁紙も検討し、実際に施工業者の方に貼ってもらいましたが、この際、自分たちで壁紙をつくってみてはどうかという気持ちが芽生えはじめていました』と話す。
サンプルブックに載っている日本製の壁紙は、施工会社が、商社や問屋を通しているもの。輸入壁紙はそのような流通ルートを辿らずに、消費者のもとに届くことが多いので、卸値で購入することができない。たとえ輸入壁紙を注文しても日本に在庫がなく、取り寄せるまでに時間がかかってしまったりする。
さらに輸入壁紙はフリース素材が多く、日本の安全規格や不燃認定をクリアしていない場合があり、必ずしも日本の建築に適合しているとはいえない。そこで、日本の持っている不燃材料に、自社のデジタルプリント技術を用いて自由な色柄を印刷し、日本の建築基準法に沿った壁紙を自社でつくる壁紙事業「Arms」をスタートした。
『壁紙事業を始めるまで、創業から半世紀近く印刷業に携わってきましたが、新たにインテリア業界に参入するにあたり、外部のコーディネーターの方とタッグを組み、彼らと一緒に事業を進めることにしました』と小泊氏は話す。
▲ 「COAT」シリーズの「TIN PANEL」施工事例。
▲ COATのペインター、ヤマグチオサム氏。
▲ COATのカラープランナー、小林明子氏。
手描きにこだわったデジタルプリント壁紙「Arms」の誕生
いよいよ自社オリジナルの壁紙製作。手書きにこだわったパターンは、どのようにして決めていったのだろうか。小泊氏は『鎌倉にアトリエを構えるCOAT(コート)というペイント集団に出会い、まずは彼らと一緒に「COAT」シリーズをつくっていくことになりました。何枚かの大きなベニヤ板に、それぞれ異なるパターンを描いてもらい、壁紙として適したものになるよう試行錯誤を重ねました。完成したパターンのリアルな質感や風合いが出るように、特別なスキャナーを使って高解像度でスキャンし、細かな部分をデータ上で調整して壁紙をつくりました』と話す。
「COAT」シリーズの開発中に、スウェーデンのデザイナーであるテイヤ・ブルーン氏を、知り合いを通じて紹介してもらったという。彼女が画用紙に描いたパターンをスキャンした壁紙「Och(オック)」シリーズは、「COAT」よりも先に完成し、販売を開始した。北欧ならではの色味を日本の印刷機でなかなか表現することができず、苦戦したそうだ。
▲ 「Och」シリーズ施工事例。
▲ 「MAHOTIM」シリーズの「TYPOGRAPHY」施工事例。
『日本の印刷の色標準“ジャパンカラー”では、テイヤさんの表現する色味が出せないんです。彼女から色見本を送ってもらって、その色に最も近い色味を慎重に調整しました』と小泊氏は話す。
「COAT」「Och」に続き、アーティスト・MAHOTIM(マホティム)氏が手がける「MAHOTIM」シリーズは、アルファベットをフリーハンドで描いたタイポグラフィのデザインと、ポルトガルの伝統的な装飾絵タイル“アズレージョ”をモチーフに絵付けした手焼きタイルのデザインを展開する。
特にタイルシリーズについては、タイルの生産地であるポルトガルに、MAHOTIM氏が実際に足を運び、1年近くかけて製作した。製作されたタイルが日本に届くと、その多くがすでに割れてしまっていたという。
小泊氏は『手描きのタイルを製品化するまで、かなり手こずりました。タイルは、絵付けして焼くと絵柄が滲んでしまいます。そこで、MAHOTIM氏に別途で絵柄を描いてもらい、タイルのスキャンとデータ上で合成し、細かく調整しました』と話す。タイルに絵付けした時の微妙な色の滲み具合や、焼き入れをした時の小さなヒビや欠けなど、リアルな質感を表現したという。
▲ 粘土で成形するところからタイルづくりは始まる。
▲ 成形したら時間をかけて乾かす。
▲ 粘土が十分に乾いたら絵付けをする。
▲ ポルトガルで滞在しタイルを製作をしたMAHOTIM氏。
このように、「COAT」は塗装職人、「Och」はデザイナー、「MAHOTIM」はアーティストとのコラボレーションで製作されてきた。グランド印刷が長年培ってきた印刷技術により、どれも彼らの丁寧な手仕事や息づかいが感じられる壁紙となった。
▲ 「MAHOTIM」シリーズの壁紙「No.MAH035」
壁紙の素材は、不燃塩ビとフリース(不織布)の2種類。塩ビ素材の壁紙は、不燃・準不燃認定を受けているので、商業施設や新築物件など防火認定が必要な案件に使用することができ、さらに、シックハウス症候群を引き起こすとされているホルムアルデヒドの発散が最も少ないものに認定される、特級F☆☆☆☆を取得している。
一方、フリース素材の壁紙は施工性が高く、DIYに最適。いずれもエコマーク認定のインクを使用しており、無臭でVOC(揮発性有機化合物)が極めて少ないという。
また、2019年暮れから発売を開始した「ベガウィルス」は、抗ウイルス・抗菌機能を備えている。コロナウイルス感染拡大が叫ばれているなか、医療施設や福祉施設、教育施設、オフィスなど幅広い場所で必要とされてくるだろう。
グランド印刷では、地元・北九州市の他企業とコラボレーションをし進めている案件も増えているという。
『(有)ひまわりのリノベーション住宅プロデュース事業「OLDGEAR(オルドギア)」とは、もう何件も一緒に取り組んでいます。ひまわりが中古物件を買い取ってリノベーションし、さらに、東京藝術大学出身の若い画家たちから買った作品を私たちがスキャンして引き伸ばし、天井や壁の一面に貼ります。作品自体もインテリアのひとつとして展示し、物件を販売します』と小泊氏は話す。このシリーズの物件は人気が高く、どれも竣工前には買い手がつくという。
▲ 物件にインテリアとして展示される絵画。
▲ 施工事例
▲ 施工事例
▲ 施工事例
▲ 施工事例
「Arms」では、来春を目標に小倉織の柄を用いた壁紙を販売する。小泊氏は『今までうちにはなかった柄なので、面白いラインアップになりそうです。すでに、飛沫防止ダンボールパーテーションに小倉縞縞の模様を印刷し、販売を始めました』と話す。実際にパーテーションを見せてもらったが、まるで小倉織の布が貼られているかのように、リアルな織の質感が再現されていた。
▲ 小倉縞縞の織の質感を忠実に再現している。
▲ 飛沫防止ダンボールパーテーションディテール
▲ 飛沫防止ダンボールパーテーションは5タイプを展開。
「Arms」、中国市場へ
「Arms」の壁紙は、日本だけでなく中国からの問い合わせも多いようだ。現在、上海にショールームを建設中だという。『彼らは、日本製の壁紙の質が高いことを知っています。デザイン性も機能性もあわせ持つ私たちの壁紙を、これから時間をかけて中国市場に広げていきたいです』と小泊氏は意気込みを語る。
「Arms」東京ショールーム グランド印刷東京支店
〒103-0011
東京都中央区日本橋大伝馬町11-10
エディビル2F
TEL. 03-6672-0406
関わるすべての方々に、「毎日を楽しく、豊かにするもの」をデリバリーする。
小泊勇志 Yuji Kodomari
北九州市出身。オフセット印刷業、ITベンチャー企業を経て、家業であるグランド印刷へ入社。
シルクスクリーン印刷中心の下請け体質から脱却し、サイン事業、ダンボールディスプレイ事業、不動産・住宅関連販促支援事業、壁紙事業、飛沫感染対策事業などを展開し、全国10,000社以上の顧客と直接取引きを行う。6児の父。