▲ 2020年に、(株)乃村工藝社が主催し、(一社)全国木材組合連合会が共催した、埼玉県飯能市での「産地体験会」の様子。
世界中の森林が迎えている危機
日本にどれだけの森林が存在しているか、ご存知だろうか。実は、国土の約2/3を森林が占めており、日本は世界でも有数の森林大国だという。そのうち約4割が人の手によってつくられた人工林で、多くが伐期を迎えている。国産材の利活用を促進し、山元にその利益を還元し、さらに持続可能な林業経営や森林の公益的機能の発揮を実現する必要があり、現在大きな注目を集めている。
国境を越えた海外の国々では、違法伐採が長く問題となっており、違法に伐採された木材の利用によって、森林・環境破壊などにつながる可能性が指摘されている。
国産材をはじめとする合法伐採木材等を積極的に使用するとともに、地域への経済循環を生むことで、森林資源と林業・木材産業の持続可能性を高めていくことが期待されている。
森林を守る取り組み「フェアウッド・プロジェクト」
このような社会的状況も踏まえ、(株)乃村工藝社(本社:東京都港区)では「フェアウッド・プロジェクト」を立ち上げた。 建築から内装、展示や家具まであらゆる空間をつくる同社では、事業活動を通して多くの木材・木材製品を使用している。
林産業の自立的な経済活動や日本の森林の保護・成長に貢献することを目標に、国産材や地域産材、森林認証材など環境に配慮した木材「フェアウッド」を積極的に使用していくため、同社では「フェアウッド応援宣言(ノムラ木材調達ガイドライン)」を2010年に策定した。
以後同社では、現在までに「産地体験会」の実施や、(一社)全国木材組合連合会(本社:東京都千代田区)との取り組み、積極的にフェアウッドを用いた空間の企画・プロデュースなどを行っている。
持続可能な空間づくりを目指す、「産地体験会」
フェアウッドを普及させるためには、自社だけではなく建築・内装・ディスプレイ業界全体を巻き込み「森とクリエイターをつなぐ取り組み」を行っていくべきだと考えた同社は、2018年から継続的に「産地体験会」を実施。持続可能な森林を育む空間デザインを共同創造していくために、乃村工藝社のクリエイターや建築家、開発事業者、施主など、全3回実施し社内外あわせて総勢100名が参加した。
直近で開催された2020年の「産地体験会」は、全国木材組合連合会が共催し、開催地を東京都多摩市だけでなく三重県尾鷲市、埼玉県飯能市といった全国に拡げ、参加者層も拡がった。参加者らからは『育てる場所によって様々な材質の木材が生まれることや加工段階ごとの特長・魅力がわかった』『森林保護の観点から木質店舗を増やし環境負荷の低減につなげていきたい』などのコメントが寄せられた。
▲ 2020年に、(株)乃村工藝社が主催し、(一社)全国木材組合連合会が共催した、三重県尾鷲市での「産地体験会」の様子。
全国木材組合連合会とのこれからの取り組み
乃村工藝社と全国木材組合連合会は「産地体験会」の体験レポートを含め、国産材の利用促進を目指し協同でウェブサイトの立ち上げを計画しているという。木材利用者を求める林業・木材産業事業者と、木材を探す建築家やデザイナー、施主をマッチングし、国産材を活かす空間づくりを後押しすることが目的だ。今月中には公開予定だという。
また3月には、「森を育む空間デザイン」の事例を紹介するオンラインセミナーも実施予定。セミナーに関する情報については、「もりまちドア」ウェブサイトで公開されている。
フェアウッド活用事例〈グリーンスタンプ軽井沢寮 蕉雨館〉
1891年に東京市本郷区西片町に建てられた、旧福山藩前藩主阿部伯爵邸の一部を、1971年にグリーンスタンプ(株)創業者である春日氏が軽井沢に移転復元した「蕉雨館」。建物は移築後、グリーンスタンプ軽井沢寮の記念館として使われていたが、2020年に乃村工藝社がリノベーションの建築設計と内装デザイン・設計を担当。グリーンスタンプ(株)とケネディクス(株)両社が利用するリトリート施設が完成した。
▲ 「蕉雨館」内観。東京から軽井沢に移築されてから約半世紀が経つ。建物が重ねてきた“時”が感じられる空間だ。
©️Ikunori Yamamoto
▲ 「蕉雨館」ファサード。風情のある建物が来館者を迎える。
©️Ikunori Yamamoto
「蕉雨館」は、移築当初から増築改築が繰り返され、別棟とのつながりが廊下以外になく、また建物が構造的に負担を受け沈下が見られていた。
施設全体の老朽化だけでなく、軽井沢の気候上、冬季の利用が難しいという問題もあった。また、日本人の生活様式の変化から畳部屋の利用頻度は低下していたものの、当時の面影はできるだけ残して改修をしたいと施主からの要望があったという。
「蕉雨館」の耐震改修に伴う調査、建築設計、デザイン・設計、設計監理を担当した、同社クリエイティブ本部のN.A.U.1に所属する小糸紀夫氏は、同館の様々な問題や施主の要望を受け、まずは「蕉雨館」の調査を行った。
小糸氏は『できるだけ移築当時のシンプルな形態へ戻し、耐震診断を行い、建築基準法同等の地震力に耐えうる構造補強を行いました。
断熱・空調設備の設置で厳寒期以外の冬季も含めた利用期間の長期化を目指し、床暖房を設置してフローリングに。耐震上新たに追加した壁はもとからある壁・建具・当時のイメージの表現を行い、空間の上半分は当時の意匠を残しました』と話す。
▲ 敷地を上空から見る。
©️Ikunori Yamamoto
同改修プロジェクトでは、フェアウッドを活用。小糸氏は『もともと建物に使用されていた木材の中には、皇居御造営の際、木曽の御料林から切り出された木材も含まれていました。
このように由緒ある建物なので、その大切な木材を補強したうえで柱などに生かしています。
▲ 改修前は障子があった場所にガラスを入れ、障子の写真を印刷している。かつて部屋が障子に囲まれていた書院の記憶を再現している。
©️Ikunori Yamamoto
▲ 当時の外観の面影の中に新しい意匠が感じられる。
©️Ikunori Yamamoto
さらに木材の地産地消を意識し、構造材(柱・梁)と仕上げ材(外壁)には、長野県産材の杉と檜を使用しました』と話す。また、家具には今回の改修工事の解体で出た木材をアップサイクルしているという。
▲ 地域産材を使用している外の庇の骨組みがそのまま部屋に通る。︎
©️Ikunori Yamamoto
小糸氏はこのような木材活用について次のように話す。『私は、江戸・明治期の古民家や、建築基準法以前の歴史的建築物などの利活用プロジェクトを多く担当しています。耐震改修を含む大掛かりな改修やリノベーション、コンバージョンと手法は多岐にわたり、空間づくりを通した地域活性化に取り組んでいます。
もともと日本の建築は木材を多用していましたが、毎回新しい木材を使わずに、解体した建物の材料をもらって加工をして使うこともありました。
木材活用においては、古いものを活かしながら現代の生活様式にもあった新しいデザインを持ち込むことも大事だと思っています。建物は使われることで生きてきますし、材の再利用は環境負荷を軽減するだけでなく、古い記憶を活かして未来に繋いでいくことで、地域の活性化にもなります』。
また、小糸氏は「蕉雨館」プロジェクト終了後に「産地体験会」に参加。『産地体験会では、地域材を大事に育てて流通させている方々に直接お話を伺うことで、改めて木材は“地産地消”を意識することによってサーキュラーエコノミーの中心的存在になると思いました。
今後も担当するプロジェクトでは、地産地消の木を自分の足で探したいという思いを強くしました。
その時、その土地、その建物が持つものを活かすことで、地域に対して空間がさらなる価値提供をすることができると思っています』と語る。
フェアウッドへの取り組みだけでなく、建築業界におけるサステナブルへの意識に今後も注目していきたい。